ツインソウルにはチェイサーとランナーがいる???

dded どうも。とぷす君です。

個別お茶会をやっていると、ときどきこんなお話がでてきます。。。

「ツインソウルにはチェイサーとランナーがあるんですよね???」

え~~~と、う~~ん、なしてまた英語??? こういうチェイサーとかランナーって言葉を聞くとね、なんだか以前テレビで見たアメリカのハイウェイのカーチェイスのニュース映像を思い出しちゃうんですよねぇ。。。(日本ではないよね、ああいうカーチェイスって。。。ドラマは別にして)

まぁ、そこはいいとしてもですね。。。僕ね、こういう”どっちかが追いかけてて、どっちかが逃げてる”みたいな発想って好きじゃないんです。。。

どちらか一方からだけの偏ったモノの見方なんじゃないかな???って思います。

それってね、どこか意識の上で、追いかけてる方がレベルが上で、逃げてる方がレベルが低いみたいな発想があるんじゃないかなって思うんです。

僕ね、ツインソウルってね、上とか下とかないと思うんですね。。。

もしね、「相手が逃げている」と思ったら、”本当は自分が何かから逃げていないか”を考えてみてほしいんです。

本当は見たくない自分の現実から逃避しているのを「相手が逃げいてる」って発想に、頭がすり替えているんじゃないのかな? って疑ってみてほしいんです。

結局のところね、自分なんです。。。相手がどうとかそういう発想はやめて、自分はどうかと考えてみる。

で、自分のことをちゃんと見ることができるようになってくると「あれ? もしかしてホントは逃げているのは自分なんじゃないか!」って気づいてくると思うんですね。

そして相手ではなく、自分自身と向き合えるようになると思うんです。で、そこがスタートだと思います。

ツインソウルは「対等」を学ぶ相手

大事なのはね、ツインソウルってね、対等だってことなんです。上とか下とかないんです。もちろんカルマやトラウマの違いはあります。だってそれぞれ別の人生を歩んでいるんだから。でもね、ツインソウルってね、やっぱり上とか下とかはないんですよ。

たとえば「相手はすごい能力を持っていて素晴らしい」って思ったら、自分にもそれと同じだけの素晴らしい能力があるんだって、思ってほしいんです。もちろんジャンルは違うかもしれません。でも、同じ魂の源を持っているのだから、同じだけの才能の価値を持っているってことなんです。

だからね、相手の才能や特性をどんどん認めてあげてほしいんです。相手の持っている素晴らしさにどんどん気づいてあげてほしいんです。

そして自分にも相手の才能や素晴らしさに似合うだけの価値があるってことに気づいてほしんですね。

だからね、どっちが追いかけてて、どっちが逃げてるとか、そういう子供の鬼ごっこみたいな発想は、もう卒業しちゃっていいんじゃないかなって思うんです。

ツインソウルはシーソーゲーム

まぁ、あえて言うならね、チェイサーとかランナーっていう追いかけっこではなく、ツインソウルはシーソーゲームかなぁって思います。

それもね、どんどん上へ上へとあがり続けるシーソーなのね。片方が上がったら、片方が落ちるんじゃなくて、交互に上へ上へと上がっていくシーソーをイメージしてほしいんですね。

もちろんシーソーが交互に上へ上がっていくとき、自然と追いかけっこのようなカタチにはなるんだけど、けしてどっちがチェイサーでも、どっちがランナーでもないんです。シーソーってね、釣り合ってないといけないです。つまり対等でないと上手く動かないですね。

ま、イメージの持ち方だけのお話かもしれませんが、イメージの持ち方ってね、けっこう重要で、人は行動も発言も思考も、イメージの持ち方でどんどん変化していくものなんです。

なので、「チェイサー、ランナー」のカーチェイスイメージを、シーソーゲームのイメージに置き換えるだけでも、いろいろ発想が変わってくるんじゃないかなって思います。

ツインソウルを通して人の上下関係について考え始める

さっきツインソウルは「対等」を学ぶ相手だと書きましたが、ツインソウルで「対等」について学んだら、今度は自然と、人と人との関係での上下関係についても考え始めると思うんですね。

今の上下関係重視の世の中っておかしいんじゃないの? みんな対等でいいんじゃないの? ってそんな思考や発想になっていくのが自然かなって思うんです。

僕はツインソウルが出会う目的のひとつは、この世の中の上下関係の意識をなくしていくことだと思っています。

ようするに、ツインソウルに出会うことで「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」って言葉の意味を噛みしめるようになっていくのかなって思うんですね。なので、チェイサーとかランナーとかいう思考や発想から、いち早く抜けることが大切なんじゃないかなって思ったりしています。

アメリカ的発想と日本的発想の違い

まぁ、チェイサーとかランナーとかって英語で言ってるぐらいなので、この考え方ってどこかアメリカさん的発想なんでしょうね。(やっぱ、どうしてもハイウェイのカーチェイスの映像が浮かぶなぁ。。。)

ビジネスでもスピリチュアルでも、アメリカさん的発想と、日本的発想ってずいぶん考え方が違うんですね。まぁ、声が大きくて、魅せ方や演出が上手なのはアメリカさんのお得意分野なので(ハリウッド的というか。。)、どうしてもアメリカさん的発想が世界を席巻(せっけん)してしまうのは仕方がないことなんですけどね。

逆に日本的発想って声が小さく、魅せ方が地味なので、波及しないんです。

なので、もともと日本的発想だったものが、まるでアメリカ生まれのように逆輸入されてしまう。。。

実は今、アメリカのスピリチュアルが語っていることって、ほとんど東洋思想なんですよね。アメリカのスピリチュアルリーダーって呼ばれている人たちがなんだか大きな会場でマイクの前で理路整然と語って人々をうならせている内容って、ようするに仏教や道教、禅の思想だったりするんです。レイキだって、もともと日本でできたものなのに逆輸入されてきちゃってるし。。。

まぁ、ディズニーでもハリウッドでもそうだけど、魅せ方がうまいんですよね、アメリカは。喧伝力のパワーが違うんです。

アメリカってね、本当は自分の国の文化じゃないものでも、”アメリカ発”みたいなカタチで世界中に広めてしまうのが上手なんですね。

たとえば、ゴジラ。。。あれ、もう完全に世界的にはハリウッド作品ですよね。

それから白雪姫もシンデレラも雪の女王もピノキオもクマのぷーさんもホントは全然アメリカの作品ではないんだけど、ディズニーがバーーンって大きく世界中で公開しちゃうと、もうすっかりアメリカのものになっちゃう。。。

もしディズニーがアンパンマンを映画化したら、アンパンマンもアメリカのものになっちゃうと思いますよ。

コーヒーだって、本場はイタリアやフランスあたりなんだろうけど、スターバックスというアメリカンコーヒーが世界を席捲してしまう。

これからの時代は日本的発想の時代

アメリカさん的発想ってね、あいまいさが嫌いで、白黒ハッキリさせて、わかりやすくしたいっての基本にあると思うんです。なので、世界を席捲しやすい。

でもね、これからの時代はね、どっちかというと、白黒ハッキリさせない、真ん中の大切さを味わう時代になってきていると思うんです。

でね、この白黒ハッキリさせない真ん中の大切さを味わうのが一番上手なのって日本だと思うんです。

日本的発想ってね、あいまいさを重視してるんです。以前「バランスと遊び」って記事で書いたんだけど、バランスをとるためには、遊び(わざとあまらせる余裕のこと)が重要で、白黒ハッキリさせちゃうと、どっちかに偏りができるし、ハッキリさせるって遊びを失くすことだから少しでも圧力がかかるとポキって折れちゃう。。。

さっき、アメリカのスピリチュアルリーダーが語っている内容は、実は仏教だって書いたけど、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教(全て同じ聖書をもとにした宗教)の文化で育った人にとっては、仏教って目からうろこなんだろうね。

聖書ってね、契約書なんです。「あれをやってはいけない。こうしなければいけない」っていう白黒ハッキリさせないといけないって考え方なんですよね。

でも、仏教って、中道(ちゅうどう)・・・つまり偏りをなくして、バランスよく真ん中であることを説いてる哲学なんですね。

もう、アメリカ的発想と、日本的発想が、ここにそのまま表れている気がしますね。

ではなぜ今、アメリカのスピリチュアルリーダーと呼ばれている人たちが、東洋思想にはまり、仏教や禅を世界へ大きく喧伝しているのか。

それはね、これからはどんどん中道(ちゅうどう)の世界感になっていくからなんです。白黒ハッキリの時代(ある意味、戦争や対立の時代)が終わり、両極な違いのあるモノでも仲良く同居できる世界に変わっていくからなんですね。

日本てね、もうすでに世界中のあらゆる違う文化をごちゃまぜに受け入れて、喧嘩しないで仲良くさせてしまっているじゃないですか。(お正月やって、節句やって、お盆やって、クリスマスやって、プチ断食やって。。(笑))

わびさびとか、禅とか、萌え~とか、説明しろって言われてもうまく説明できないってのが、日本的発想であり、この白黒ハッキリできないビミョーな感じこそが、日本の素晴らしさなんですね。

この曖昧モコな感じってね、とても大切な感覚だと思うんです。これはね、白黒ハッキリさせたい思考(頭)の世界ではなく、カタチにできない感覚を尊重する感性(心)の世界だからです。

東洋思想ってね、けっこう感性の世界感なんです。医学にしても、漢方とか鍼灸とか、なんで効くのかよくわからないけど、感覚的に効果を実感できる。理屈じゃなく、感覚を重視しているんです。

西洋医学は、感覚よりも説明のつく根拠や論理を重視してくるんですね。なのでアメリカ的な発想になると、ディベートのようにわざと対局する考え方の相手を論破する練習が必要になってくる。

ビジネスも同じで、アメリカ型は白黒ハッキリ型で進めるし、日本型は目に見えない気持ちの部分を大切にしようとして曖昧モコ型で進める。(これは僕が外資系企業と日本系企業の両方で働いた経験で言ってるんだけど。。)

ちなみに、ビジネスと聞いて嫌悪感を示す人は、アメリカ型ビジネスに頭がハマっているのかもしれない。日本型ビジネスはもっと心を大切にする考え方をするってことを忘れているのかもしれません。

僕はね、ツインソウルにしても、スピリチュアルにしても、ビジネスにしても、なんでもそうなんだけど、白黒ハッキリさせる考え方ではなく、感覚的な感性の世界感を大切にしたいほうなんですね。

なので、チェイサーとランナーとか、優越の白黒をハッキリさせるような世界感ではなく、どっちが上でも下でもなく、どこか中性的でお互いの違いがうまくバランスをとれる世界感へ、思考をシフトしたほうが良いと思います。

世の中ね、いろんな人がいるし、いろんな考え方、感性、嗜好があるんだから、なんでもそんなに簡単に白黒ハッキリ分けられるものではないんじゃないのかなって。

まとめてみましょう

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

これ、日本の1万円札に描かれている福沢諭吉の言葉ですね^^

「和をもって尊(とうと)しとなす」

これは、聖徳太子が作ったとされる十七条憲法の一文ですね。

僕ね、結局のところこういう日本的な思想や発想が大切なんじゃないかなって思います。

上下や優越の関係を作る方向から、協和・協調を重視していくことで、バランスをとっていく方向へシフトしていけるといいなって思います。

チェイサーとランナーという白黒ハッキリ的な優越関係をつくる発想から、シーソーゲームのようなバランスを重視しながら成長していける関係へ。

そしてもしも「相手が逃げている」と感じてしまうときには、自分のほうにこそ”何かから逃げているもの”がないかを見つめなおすときなのかもしれないですね。

サブコンテンツ
Pocket
LINEで送る

セミナー「とぷす君流。カウンセリング講座」


大阪5/20 東京5/27・6/1 名古屋6/4
※先着10名様まで3千円割引で~す!
>>詳細&受付はこちら

とぷす君メニュー

kb個別お茶会(個人相談)
ツインソウル専門カウンセリング
東京・名古屋・京都:受付中

smi「とぷす君流。カウンセリング講座」
大阪5/20 東京5/27・6/1 名古屋6/4
(先着10名様3千円割引)

枠表 とぷす君DVD
わかる!納得!心の世界とスピリチュアル


枠表 とぷす君の無料メルマガ
発行部数1000部超え!ブログに書けない秘密のお話はメルマガで♪

今後の開催予定イベント

smi「ツインソウル・ワークショップ2017」
6月~8月(福岡・東京・名古屋・仙台・大阪)
※詳細&お申込みは準備中です

現在閲覧中のカテゴリー

NEW!オリジナル音楽

とぷす君の新曲「千夜一夜の恋」 聴いてね~♪

とぷす君の無料メルマガ

このページの先頭へ